凛灯舎

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砂の花 (一)

 車間距離を詰めて走る車が嫌いだ。急いているのかいないのか、追い越しもしないのに、ドライバーの顔が確認できるほどの近さで付いて来る車が嫌いだ。

「そんなの誰も好きじゃないよ」

 だから苛々するのは止せと言われたことを思い出す。夏の旅行の往路のことだ。そのくせ窘めた本人は、復路で前方の車にぴたりと車を寄せた。往路でのことを持ち出すと、ああ悪い、とだけ言って速度を落とし、暫くするとまた追い付くというパターンを繰り返した。実際あいつはそういう人間だった。距離を置かずにやって来て、気が付けば違う道へ折れて行く。あいつの運転に感じていた苛立ちは言っていることに対しての矛盾なんかじゃなくて、あいつ自身にだったのかもしれない。

 疲れている、と修一は思う。疲れているからこんなことまで思い出すんだ。あそこで高速を下りるんじゃなかった。景色を懐かしんでる暇があったら早く家に着くべきだったんだ。あの鷹揚なやつの為に眠らずに走ってるんだから、いや帰省を決めたのは自分なんだから自分の為か、とにかく早い道を選ぶべきだった。

 未明の国道は街灯だけがてらてらと光っていて、疾走する車は静止画の中を走る玩具のようだ。高低の続く山道を越え、直線道路をひと息に下り切り、幾つかの寝静まった集落を抜ける。水田はまだ背の低い稲を生やし、どこからか光を受けて波打っている。

 窓の外に田畑の風景が途絶え、在来線の単線が横へ並び、家並みが街並みへ変わる頃、修一はようやく時計を見た。午前三時を回ったばかりだ。夜の気配がまだ灯りに残る飲み屋を横目に、コンビニエンスストアで煙草を買う。事務所からのそりと出て来た店員が修一の顔を見て、あ、と声を上げてから、何に合点が行ったのか、

「そっか、そうですよね、お疲れ様です」

と言って頭を下げた。

 数年前よりも大人びた風の後輩と少し話し込み、外に出た頃は空が薄く白んでいた。歩道で煙草に火を点ける。メンソールが朝の空気と一緒に乾いた咽喉に滑り込んだ。

 金曜の朝の学生街は静まり返って、管を巻いている者もいない。ここまで来れば実家はすぐだ。百メートルほど先の交差点を右に折れ、左に入って手前から三軒目。真っ直ぐ行けば大学の校舎に突き当たる。母校を囲む並木の奥に、三年前には無かった真っ黒な影が、朝日を背負ってそびえているのを修一は見た。

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