進学かその娘かどちらかを選べと云われ、叔父は酷く打ちのめされたようです。兄弟たちはそんな叔父を、大学を出てからでも考えられることだと諭し、結局叔父は後ろ髪を引かれながらも上京したということです。
離れてからも幾度となく手紙を遣り取りしていたと云いますから、余程好き合っていたのでしょう。そのまま順風に事が進めば、兄弟たちの云った通り卒業後にもう一度祖父を説得することも出来ましたでしょうが、
「娘に縁談が持ち上がったのだ」
そう云うと、軍人上がりの叔父はひと息に煙を吐き出しました。
相手の娘の親も、いくら地元で名のある家の息子とは云え、いつ心変わりするかも知れない東京の学生など不安で仕方なかったのでしょう。
「況してや此方の親は反対しているというのだから、子に苦労をさせたくないのはどこの親も同じだ。トントン拍子で話が進んで、大蔵がそのことを知ったのは結納の日取りも決まった後だった」
今は知らせなかったことを悔いていると、叔父は云いました。そう云った目が、大蔵叔父のことを語る時の、父や祖父の物云いたげだった目と重なって見えました。
「雪の中大蔵が帰って来た時のことは良く憶えているよ。取るもの取り敢えずといった感じでな。もう結納が済んだなどとは、私の口からは云えなかった。然しあいつはそのことを既に知っていて、」
〈今彼女を引き摺り出したところで、彼女にも御両親にも御迷惑になるだけですから〉
「そう云ってふらりと姿を消したのだ。相手の娘が行方知れずになったのはその次の日だった」
方々手を尽くして捜しても、娘の行方はようとして知れなかったと云います。ただ、近くを流れる弓田川に身を投げるのを見たと云う者がおり、懸命に川の捜索も行われたというのですが、何分北国の冬のことです、遺体どころか遺品のひとつも上がらなかったようです。
「その内に面妖しな噂が立ち始めた。弓田川に身を投げたのはひとりではなかっただとか、娘が大蔵と手に手を取って逃げて行くのを見ただとか」
ひと月ほどして大蔵叔父は実家に姿を見せました。そうして、大学を辞めたと祖父に告げたのです。
「親父はそりゃあ怒った。家に恥をかかせただけでは飽き足らず、親をも裏切るかとな。私たちも手の施しようがなかった。親子の縁を切ると云われ、居場所の無くなった大蔵にこの家の買い上げ賃の半分を出してやったのは兄さんだったのだよ。……あの時、兄さんはもう後悔していたのだろうな」
娘の遺体も見付からず、遺品も出ず、かと云って生きているという噂すら聞こえずで、今度は祖父か大蔵叔父が娘を匿っているのではないかという流言が飛び交い、父は後始末に苦心したようです。
「成る程、では叔父様は、人形というのが大蔵叔父様がその女性に似せて作ったものなのだと思われたのですね」
半ば納得して尋ねると、
「いや、それもあるが」
叔父は煙草の灰を携帯していた灰皿に落とし、私の方を見ました。
「紺地に白牡丹の振袖というのが、―――娘が失踪した時に着ていただろうと思われていた着物なのだよ―――……」
声が出ませんでした。
蝉の声は煩いくらいなのに、何故こんなにも静かなのだろうとそればかり思っておりました。
「正志君」
叔父の声に、私はゆっくりとそちらへ目を向けました。
「単なる偶然ということもある。実際大蔵は着物のことも知っていただろうしな」
自分に云い聞かせるかのように、叔父は云いました。
「いいえ叔父様、それは恐らく偶然ではないでしょう」
私は数年前よりもその光景をはっきりと思い出している自分に些か驚きながら応えました。脳裏に鮮やかに焼き付いている、紺の振袖、白い牡丹、艶やかな紅、そして優しい声―――。
「その人形は生きていたのですから」
叔父が言葉を詰まらせた丁度その時に、他の叔父や叔母が大蔵叔父の遺品を抱えてやって来ました。見ると、叔父の描いた絵やらスケッチやらを畳に広げ、懐かしげに見入っては思い出話に花を咲かせているのでした。大蔵叔父は小さい頃から植物や動物を見るのが好きで、絵を描くのが上手かったことなど、一番下の叔母は身振りを混じえて楽しそうに話しておりました。
「……なゃ、直幹兄さん」
「何だ」
ひとしきり語った後、その叔母は静かに私の隣りの叔父を呼びました。
「タッちゃんナ、父さんのごども兄さんのごども、なぃもわりぐな云ってねがったよ。オレわりがったなだどって、そう云ってらったよ」
「おめ、いづ大蔵さ会ったなよ」
他の叔父叔母が驚くのに、
「赤紙来たどって聞いですぐしゃ。……なンと父さんなあの通りだぉの、誰が行ってけねば可哀想だべった」
叔母は泣いておりました。他の兄弟たちも、出征の時に父が行ってくれて本当に良かったと口々に云いました。
夏の陽が、傾きかけていました。庭の木々が十年前とは違う高さで、静かに地面に影を落としています。
「直幹叔父様」
クマゼミの声は、ヒグラシに変わっていました。
「ここを売るのを少し待っては貰えませんか。僕、もう少し通ってみたいのです」
あの人形に会いたかったのは勿論ですが、あの夏の日をもう一度確かめたいと、私はそればかりを願っておりました。
「構わんだろう」
暫く考えてから、叔父は快く了解してくれました。
「正志君、その……人形のことなんだが」
皆で荷物を纏め雨戸を閉めた後、勝手口に鍵をかけた私に、直幹叔父は何か云いたげに話し掛けて来ましたが、
「いえ、僕の思い違いかもしれないのです。本当にあったことなのかも定かではないのですから」
私がきっぱりとそう云うと、叔父は目を細めて笑いました。
「そうか。君もそういったことが好きなのかもしれないね。名付け親に似て」
「え?」
訊き返した私に、叔父は却って驚いたように、
「知らなかったのか、君の名付け親は大蔵なんだよ」
そう云って兄弟たちの後を追いました。
その夏は、殆どの時間を大蔵叔父の家で過ごしました。
鍵や雨戸が開いていることは二度とありませんでしたし、人形が現れることも無かったのですが、あの頃と変わらぬ虫の鳴声を聞くだけで私は楽しさで居ても立ってもいられぬ気分になるのでした。
翌年の春、大蔵叔父の土地は人手に渡りました。庭の木の何本かを実家の庭へ移植した後の解体でした。
その年の暮れも押し迫った頃、祖父が亡くなりました。眠るような、静かな往生であったと、進学の為東京にいた私は母からの電話で聞きました。祖父の布団の脇には、大蔵叔父の描いた絵が置いてあったと云います。